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手向けの花は路地裏に

〈蒸奇都市〉帝都 ~幻影の双貌篇~
手向けの花は路地裏に
(タムけのハナはロジウラに)

挿絵付きの長編となります。
デザインおよび挿絵は「蒸奇画報」と同じくへっぽこタルト様に担当していただきました。
今回から一部の冊子に「幻影の双貌(そうぼう)」とシリーズ名がつきます。
同シリーズは作中の敵役〈結社〉を扱った作品群を指します。
「幻影の双貌篇」についてはこちらの記事をご覧ください

書影
手向け表紙blog


頒価:1000円
頁数:384ページ
版型:文庫版(A6判)
発行日:2016/03/21
著者:蒸奇都市倶楽部(シワ)
デザイン・挿絵:へっぽこタルト

在庫
50部以下

あらすじ
愚連隊〈戎〉の下っ端の少年、早駆けはスリに失敗したすえに、憐みを投げかけられて十円金貨を恵まれる。
一枚の硬貨は、少年を熱く暗い思い出へといざなう。少年を愚連隊に追いやった全てのはじまりへと。再燃する黒い男の恐怖、思い出にしみついた怯え、乞食同然の扱いを受けた憤り。それらを振り払おうとした早駆けは、度胸を示すために喧嘩を売る。
軽率な行動が帝都最悪の組織〈結社〉の尖兵を招くとは知らずに。

一方〈戎〉を傘下に収める非合法組織〈誠道会〉は、落ちぶれつつある自組織を盛り返すため、〈信越商会〉の軽井沢に商談を支援をあおぐ。だが、商談を終えた軽井沢の身勝手な思い付きから、誠道会では内部抗争が勃発することとなる。
その陰で〈結社〉の幹部《機関卿》までもが動きはじめていた。

人の数だけの思惑を乗せた歯車が軋みをあげて、全てを容赦なく巻きこみ、自壊していく。
否応なく引きずられていく早駆け。彼が行きつく先は果たして――。

◆関連作品
本作の前日譚にあたる『路地裏の花は人知れず』と
また咲く日を恋う』を「小説家になろう」様に掲載しています。
あわせてお読みいただければ幸いです。(掲載作扉ページにリンクしています)
→『路地裏の花は人知れず
→『また咲く日を恋う



サンプル公開
創作文芸見本誌会場 HappyReadingさま

本文と挿絵の見本
画像クリックで大きく表示されます。
※サンプルは実寸ではありません。実寸はA6版、本文は18文字40行の文字サイズ12級となっています。

*7ページ~9ページ
手向け第一部007  手向け第一部008  手向け第一部009

*72ページ~74ページ
手向け第一部072-073  手向け第一部074

以下、本文から文章のみの抜粋です。
内容は上記でご案内している各サイト様と同じ範囲です。


※仕様上、横書きです。ルビ、圏点は省いています。

第一章

 南部市駅の五番線。蒸気管により制御された扉が、ぷしゅ、と圧縮蒸気の抜ける小気味よい音を発して開く。各扉から、ゆったりとした足取りで乗客が降りてくる。
 窮屈な列車からの解放感につつまれ伸びをする者。長旅がひと段落したという安堵にひたる者。乗り換え列車を探して早々に次の歩廊へ去っていく者。
 これらを柱の陰からじっくりと品隲する眼が二組。どちらも黒ずんでほつれ気味の粗末な衣服に、不潔なぼさぼさ髪をもつ少年だ。服や髪ばかりか、帝都の煤煙に汚された肌も薄汚い。一目で路地裏の子供たち――浮浪孤児だと知れる風采である。
「まだか早駆け」
 後ろの少年が問うと、前に立つ早駆けと呼ばれた少年が、
「ぬかせ底抜け、いいのがいねぇ」
 と答えて首を横に振る。
「さっきからそればっかだな。びびってるのか?」
 後ろに立つ底抜けの額は汗でじっとりと濡れていた。集中が長続きしない質である。
「いいのが降りてきてないっつってんだろ」
「だからそればっかだなってぇの。いつ降りる」
「俺じゃなくて列車を見てろ。いいのを見落とすぞ」
 いいの、というのは、いわゆるカモを指す。早駆けと底抜けの二人はスリだ。
 といって専業ではない。彼らが属する愚連隊の戎は、路地裏の子供たちの寄せ集めだ。スリや強請りの他にも、戎を傘下におさめる非合法組織、誠道会の要請に応じて、もめ事や衝突があった時のかく乱や扇動、盗んだ金や品物の換金、縄張りの監視など、なんでもやる。早駆けはそうした戎の下っ端、早い話が使い走りの雑用だ。
 戎に拾われて一年半ばかりの早駆けは、まだまだ新入りの部類に入る。手に入れた成果の四割を組織に上納しなければならない身だ。戎では隊員がスリを行うにあたって、二人か三人で徒党を組ませる。成果を懐に納めないよう相互に監視させているのだ。この日は二人一組、底抜けという名の、これも使い走りの少年と共に品定めをしていた。
「早駆けのくせにじっと待つなんざ、お前はやっぱり乞食がお似合いだ」
 待つのに焦れた底抜けが悪態をつく。
「黙れ、底の抜けたアホにゃ言われたくないわ」
 早駆けはむっとして言い返す。
「なら早く駆けてこい。それとも白い服を着たやつを相手にお恵みを待つか?」
 それはあからさまな挑発であった。煤煙の舞う帝都にあって、白い服を着るような生活を送っている者は、乞食に恵むほど懐に余裕があるといわれている。火にくべた竹のような威勢だけで生きている若者にとって、そうした富裕層に恵んでもらう乞食は見下すべき存在として映った。乞食を指して尻腰がないと嘲笑う一方、彼らはスリや恐喝を仕事と呼んで格好をつけている。自分たちが仕事を仕掛けてる相手の大部分も富裕層だという点には目をつぶりながら。
 乞食は積極に施しを求めなければ犯罪とはならぬが、スリや恐喝は仕掛けた時点で罪となる。スリは現行犯でなければ捕まらない反面、見つかればその場で制裁を受けてから、警察に突きだされることも多い。愚連隊の子供を痛めつける程度の私刑であれば、警察も黙過している。罪を問うたところで不良の良心はちっとも痛まないのを、警察は経験で知っていた。いっそスリの落ち度として、見せしめとなる私刑制裁を黙認した方が、彼らの身に沁みさせる意味においては、より罰として効果を発するのである。むろん、こうした取り繕うような仕組みでスリが減るわけではない。
 早駆けと底抜けのように、スリたちは今日も南部市駅に集う。
本文7ページ~9ページ抜粋



 息苦しさのあまり、タクミはとうとう声を詰まらせる。手足をばたつかせる気力さえ残っていない。首から上が真っ赤に染まっていくのがわかった。
 どうにかしなければならないという思いだけは尽きなかった。このままではもっとよくないことがはじまる。早くみんなに知らせなければ。ユウタ、ハナコ、……、寝室のみんなに。院長と保母も助け起こさなければならない。だが、いまの彼にできることといえば、目の前の男をにらみ返すぐらいである。男はわずかに口角を吊り上げた。少年はそこに男が、「お前は何もできない」と告げているのを読み取った。
 ――くそ、ほんとになにもできないのか
 意識に霞がかかり、目の前がぼやけてくる。蒸気の中にいるようだ。餌を求める鯉のごとく、口をぱくぱく何度か開け閉めする。体は小刻みに震えつづけている。それでも視線はなお黒服の男、松井田に向けられたままだった。
 手も足も、声もでない。夜気がしんしんと募っていく。頭痛も岑々と深まっていく。
 少年は孤児院での日々を振り返る。いまの彼が自由にできるものといえば、痛みがのたうつ頭の中だけであった。そうしてふと、いまの感情と同じものを探り当てた。
 ――ああ、これは……
 彼はようやく自分の体を震わせているものの正体を触知する。それは恐怖だ。
 忍びこんだ虫のように背中一面を這い、玉袋をひゅんとかすめ、全身の毛を逆立たせるもの。寒さよりも底冷えをもたらすもの。これまでにも何度か瞬間的に感じた覚えはあるが、全て一過性だった。これほど長く持続するのは初めてで、いま経験しているものと過去のそれとが、同じものなのだとすぐに結びつかなかったのだ。
 タクミは生まれて初めて、恐怖を明確に実感した。手足が硬直していく。
「――は、恐いか?」
 男が初めて語りかけてくる。だが少年は問いかけをうまく聞き取れない。
 ――俺は……
 しかし男の問いが意味するところは通じていた。少年の瞳が涙におぼれていく。
「恐さを知らずに死ねる連中は幸せだな」
 筋肉の内側に畳なわれていた男の力が、少年を支配していく。
本文35ページ~37ページ抜粋



「《正義の人》ですよ」
 その噂に、二人は触れざるをえなかった。
 危険を冒してまで、抗争中の組織に手を出すような者がいるのだろうか。市民がすでに何十人も巻きこまれているとはいえ、市井の誰かが義憤に駆られてやっているのではなさそうだ。噂を信じるのならば、正義の人の行動は大掛かりすぎる。警察でもない。彼らも抗争をどう処するかで手を焼いている。ならばどこかの組織が抜け駆けしているのだろうか。しかし金が動いた匂いはなく、軽井沢の嗅覚も働かなかった。
 噂の出所がわかれば具体的な見当もつくのだが、それは風が生まれる場所を探り当てようとするのに等しい。
「ううん、なぜ動いているのかわかりませんわ……」
 正義の人の正体も目的も判明していない。が、身許が露見すれば返り討ちだけではすまないだろう。かえって会長亡き後の誠道会の結託をも促しかねない。まさかそれが狙いなのではあるまいか。いや、危殆なわりに益がなさすぎる。
「世間の名誉や称賛が欲しいってわけでもなさそうですぜ。声明の一つでも出してやりゃ、すぐにブン屋や市民どもにちやほやされるでしょうに。ま、そう言う私心が見えねえから、正義だなんてご大層に呼ばれてんでしょうが」
「私心のない人間なんているわけがありません」きっぱりと軽井沢。「裏でなにかしらの動きがあるはずです。どこの誰が正義の皮を被っているのか、お金の動きをもう一度じっくり探ってみる必要がありますわね」
 この件でもっとも利を得るのは、信越商会でなくてはならない。もしも他に美味しい思いをしている者がいるのだとすれば、看過するわけにはいかなかった。
「尻尾をつかませてくれるといいんですがね。巷じゃ好き勝手に騒がれてますぜ」
 横川は執務机の上に数紙の朝刊と雑誌を置いた。号数ばかり大きい活字と、横川の服みたいな派手な紙面に、【仁義なき争いを征するは正義】との見出しが躍っている。他紙も【無辜なる市民を悪逆なる抗争から守りし『正義の人』】【義なき蛮! 勇ある武!】【『正義の人』に迫る】など、勇ましい野次馬精神で着飾っている。
「こんな流言新聞やカストリばかり、いったい誰が信じますの」
本文162ページ~164ページ抜粋



「やめろ!」
 西宮の闘志は消えていない。まだ望みを捨てていない。
 松井田は喉を踏みつける力を少しだけ弱めた。西宮は胸いっぱいに息を吸いこむ。が、それで精一杯だった。反撃しなければ、という意志はあっても体に力が入らない。
「なぁ、隊長さんよ……、死ぬのは恐いか?」
 例の質問である。必ず聞かなければならないというわけではない。それでも彼は、ふとしたときに尋ねる癖がついていた。松井田はすでに絶命している隊員を見回して、「恐さを知らずに死ねる連中は幸せだな」とつぶやく。いつかも、同じことを口にした。
 こんな問いかけには正答がない。だが、あえて正解を置くとするならば、松井田が返答を気に入るかどうかだ。彼は命乞いや自明の怯えを欲していない。はたして西宮は、松井田の眼鏡に叶うだろうか。
「な、なにも果たせず死んでたまるか! 仲間を、会長や頭取を巻きこんだお前たちを殺さないで死ねるかよ。戎の、誠道会の誇りに傷をつけたお前たちを赦せるかよ!」
 松井田が目を細める。相手の叫ぶ姿は未来を無根拠に信じる少年そのものだ。それでいてなお、組織のためという、一組織の頭領としての貫目を備えている。松井田は壁際でうめくフセをちらりと見た。彼女が言った通り、隊員は彼が好きだからこそ、被害を受けてなお隊長のために結束したのだろう。それはつまるところ、「隊長のお前が戎そのもの、というわけか。しきりに口にしている『戎の誇り』とやらも、すべては『お前のため』でしかない。誇りとやらについた傷を晴らすには俺を殺すしかないというわけだ。だけどお前に俺は殺せない。それはお前自身も勘付いているはずだ。ならどうすればいいか、わかっているよな?」
 と言う松井田の問いに、西宮は答えない。唇を強く噛んで、男をにらみつけている。けしてそれには答えるまいとこらえているようであった。
「戎を体現しているお前が、誇りのためにここで死ぬことだ。でなければ、どこにも示しがつかないよな。進めば栄光、退けば生き恥」
 勇壮なる殉教、すなわち“義士の心がけ”に呑まれた西宮はいま、彼がこれまでに築き上げてきた戎を瓦解させぬために、その命を捧げねばならなかった。
「いつも夢を見て、高邁なもののためには死ぬことも恐れない。子供っぽい悲劇的な理念だな。俺はそういう価値観は嫌いではないぞ。もっともこれから先の時代で、生きていけるとも思わんがな。……ここで誇りに殉じる人間には関係がないか」
  踵に力をこめ、西宮の喉の隆起を圧迫する。意識をかき消そうとする黒い力が西宮を補足する。そのままの状態が数分も続けば眠るように意識を失うだろう。
「隊長! いま、助けるから、待ってな……」
 フセがゆっくりと立ち上がる。松井田はちらりとそちらを見てから、なにを思ったのか足にこめた力を抜いた。それだけではなく、すぐさま西宮の上から飛びのく。
 直後、何者かが階段の陰から松井田めがけて躍りかかった。松井田はなんなくかわして、一階から現れた新たな侵入者に向き直る。
「仕事の邪魔をしてもらっては困るんだがな」
 松井田はそいつらを初めて見る。だが、そいつらの話は幾度となく耳にしていたし、実在についても疑いを持ったことはない。
本文267ページ~269ページ抜粋
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